Ivg が、評論の専門化にともなって起こる問題に対して、ちょっと大胆なコメントを投げてきた。
野生のラングスティンと養育のそれとの違いを、必ずしも見分けなければならないか?
わからない。
6月の晴れたある日に、ベル島のファーホテルで、すばらしい舌平目を食べた覚えがある。心からおいしかった。でも、後から耳にした話では、その魚は冷凍ものだったらしい。それからというもの、この手の話のやり取りは、なるべく避けてきた。本当においしかったか?OUI ウィ!
ところが、ラングスティンに関しては、かなり容易い。それが本物かどうかは、一目瞭然だからだ。というのも、僕は海の近くで生まれ育った。 毎晩、漁りにでた船が錨を下ろし、ラングスティン売りのおばさんが、行き交うような所だった。彼女らはいつもラングスティンの積まれた滑車を押して、「大漁のラングスティ〜〜〜ン」と威勢良く叫んでいた。今でもその声は耳に響いている。そんな幼少時代を過ごした後で、レストランで注文した水っぽいラングスティンに満足しているようだったら、料理評論どころか、ただの男である自信もなくなってしまうだろう?
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2007年3月7日、 Ivg がフランス版のブログに残したコメントより
実際問題は、ここにある。街中をむさぼり歩き、レストランで偉そうに食事をする料理評論家が、実際、野生のラングスティンと養育のそれとの違いを、見分けることのできる才能があるかどうか。
シモン氏、あなたはどうかな?
その違いがわかる日がくるまで、ごまかしは、皿の上にではなく、その退屈な記事の中にあると言えるでしょうね。
Ivg
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