映画「ラタトゥイユ」は、未だ僕の生活の中に潜り込んだままだ。
僕は、甥たちのマスコットにさえなってしまった。
死者を扱う意地悪な男、つまり僕。
リベラシオン紙でも、理解力あるヴァンサン・ノスが、映画の中の料理評論家、アントン・エゴを僕に写して、後ろめたさあふれる文章を心痛に書いていた。
電話をとると、辛口を自負する友人が「もしもし、アントン・エゴ?」と、口を切る。
うまい冗談。
この映画をアドバイスしたシェフたちの顔を思い浮かべてみると、残念ながら、(ダローズ、サボワ、リニャックにとって)僕は腹黒い悪魔の立場にある。
映画の中の評論家のポートレートは、手優しいものではなかったが、今目の前にしているこの状況は避けられないものだった。
でも、実は言うと、僕自身歓迎する部分もあった。
この鬼アントンは、実は勇敢な男でもある。ネズミの料理を祝う為に、自分の名誉を投げ捨てたんだから。
でもただひとつひっかかることが、彼は出版社を辞めさせられたことだ。
これは最悪。
かなり幸運なことに、これらのアメリカ映画は、メープルシロップのパンケーキみたいに、モラルがだらだらと滴り落ちる。
ポール・ベールなんかのビストロで、この誠実アントンが料理を平らげている姿に出くわすかもしれない。
うん、それでいいと思う。
写真 / Disney enterprises, inc. and pixar animation studios. all rights reserved
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