噂は、完璧に操作されていた。かの有名なティエリー・マルクス(ポイヤックのコリディアン・バージュの前シェフ)が新任するという噂は、王族家の結婚式のごとく、ずいぶん前からぐつぐつと煮込まれていた。まずは、シェフが、ジャーナリストを自宅に呼んで食事を披露。高技術で感情的な料理をつくる巨匠を前に、彼のアパートを後にするころには、気絶寸前のジャーナリストもいた。
分子料理のレッテルが貼られたこのシェフでも、抽象的かつ強度に技術的な料理でもって、ミシュラン問題をさらりとかわしていた。3つ星に届くか、というところにまで達していたのだ。
カリスマ的シェフが作る不思議な料理、という名目で、テレビ番組が頻繁に特集を組んだが、どの取材チームもきまって、腰を抜かせていたものだ。
こうして、伝説が始まった。
小さな問題といえば、この類の材料は、シェフに好都合な要素ばかりをもたらすわけでない、ということだ。まるで、花嫁が引きずるヴェ-ルのように、どこかに必ずひっかかってしまう。見かけはいいが、常に落とし穴がないかどうか、神経を尖らせていなければならないのだ。
マンダランに関するはじめの批評は、必ずしも群を抜いたものではなかった。確かに、文句なしにうまいと彼の料理を崇めた連中もいた。その反面、辛口の評論もあって、うまく掴めない状態だった。
「ギリシャ神話のヘスペリデスを思わせる内装は、高級レストランでよく目にするエレガンス調が、悲嘆に暮れてしまう類のもの。いい加減なサービス、パンとナプキンは数が足りず、デザートには欠陥があり、途方もない値段で、料理は賛否両論。」
この手の評価を聞いてしまった後では、テーブルの上のものを取り払い、新生児の無邪気さに返る方がいい。そして、CAC40 の財布の中身を思い浮かべて夢を見よう。
まず、レストランの内装は、アーティで、オレンジメカニック的、2006年のニューヨークですでに見た気もする。70年代のカプセルの中、壁から、あるメッセージが発信されていた。
「白く染色された椅子の布の効果で、あなたはアートの中に誘われていく。」
僕らは、すでに料理の域から飛び出して、「表現」という世界にきていた。つまり、もしこのメッセージがわからないなら、そこはあなたが居るべき世界ではない、ということを示していた。上品に迫害的な、なにか別のものである。まるでフェラン・アドリアから脅された、ポスト「エルブリ」の銀河、暗闇の中でランプのスイッチを探しているような世界である。
卵を分解して固めたものと、6粒のえんどう豆が、パルメザンチーズの滑り台を登る。
さて、コレはうまいのか。
うまくはない。
10つ以上の風味が使われたこの一品は、複雑であり、それ自体に味はない。つまり、客である僕らの意見なんてどうでもいいらしい。
「シュル・ミュジュール(オーダーメイド)」という名のこのレストランは、シェフのインスピレーションによってのみ動いていて、客の欲望はニの次だ。もちろん、コースメニューのみのサービス。選べるのは、8品で145ユーロか、12品で180ユーロの、2つのメニュー。
どこか、自由権を失われたような気分に陥る。唯一、選択肢があるとしたら、ガス入りのミネラルウォーターか、ガスなしのミネラルウォーター。支払いが、アメリカンエクスプレスか、ヴィザカードか。
その他の料理は、貝に挟まれた苗草、トリュフ入り大豆のリゾット(冬の料理?)、円錐型のうずら等。どれも、不思議な要素が含まれた、ハテナマークだらけの料理。細かくも切られておらず、摘み取られたままの状態で、ハーブが皿の上にのっているが、それは飾りのためだけらしい。
つまり、ティエリー・マルクスは、その熱心な研究精神がすばらしく興味深い男だ。しかし、もし探すなら、こちらとしては、どうにも何か見つけてほしいものである。
そうはいうものの、このレストランは、センスがあり、親和で、献身的場所だった。
Sur Mesure
Mandarin Oriental
251, rue Saint Honoré - 75001 Paris
Tel : 01 70 98 73 33
www.mandarinoriental.com
Photos / F.Simon
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