「もちろんいなくてもいいよ。僕がいてもいなくても、味はかわらないからね。」
だから、こうも返したくなる。
「じゃあ、厨房に立たない間、一体何をしてるの?」
真実は、思ったよりも簡単なものだ。自分の名前がついたレストランの利益向上のために、シェフは、世界中を飛び回ることを余儀なくされる。だから、どこかへ出かけるときには、厨房から姿が消えるというわけだ。客がレストランで大金をはたいている間、シェフは免税店で買い物ざんまい。まじめなシェフのレストランなら、シェフがいるかいないかで、厨房の雰囲気ががらっとかわる。この類いの緊張感は、ある日、大成功に結びつく場合が多い。シェフがいるときには、緊張感だけでなく、技術も一枚上を行く。客にしてみたら、船に船長がいるということを、高く評価できる。大抵、セカンドシェフがいい腕の持ち主だから、という場合が多いが、レストランの名前を見て予約した客にとって、当人の存在は程嬉しい。客席の質も、サービスする側とされる側が一体になることで、よりよいものが生まれる。客が全く入らないレストランも、ないわけではないけどね。
Photo/F.Simon