今回の旅では、奇抜な料理に面食らうことが多かった。
強い時差ぼけと、月や太陽の動きなんかに負けないぞ、という僕の体の強情さが戦う中、今回は2件の店で、驚異の体験を味わった。
一件目は、大阪のナカムラシェフの店での出来事。
ドミニク・コルビシェフの気遣いのおかげで、新オープン後、初乗り客として僕はその店へ向かった。
総勢15人。花束が溢れかえっていた小さな店の入り口が印象的だった。
2時間続いた僕らの食事は、やさしさと鋭さが両方こもった料理のフェスティバルだった。小さなサラダから、さしみ、すし、だし汁、肉料理。シェフは光を放ちながら、先験的にカウンターの中に佇んでいた。
今回二つ目のショックは、六本木ヒルズにある「八坂通り An 京割烹」での食事だった。
ここは、京都の名門料理屋の姉妹店。実はここへも後ずさりしながら足を運んだ。疲労とショッピングセンターの贅沢がまざった、厳しい鞭打ち。この建物のモダンさと効率の良さには毎回頭が下がるのだが、今回の僕の疲れたビジョンの中では、それらはゆっくりと崩壊していった。
日本酒が後押しして、ほたるが僕の目の前を飛び交う。
そこには、亀からとったコンソメの中にフカヒレが浮かんでいた。ショウガのきいたあわびのスープや、抹茶のブランマンジェ。
僕は、再び後ずさりしながら店を後にした。
キダ・ヤスオシェフの仕事ぶりはみごとだったが、勘定は恐ろしかった。その晩、3人で訪れた僕らは2人で割り勘しても僕の持ち分は4万2千円にも跳ね上がった。
T. 03 5772 0067
特に、新しいルックのナカムラさんには感激して頂けることだろう。キダさんに関しては、白い仮面をかぶっていたが、かなりバスター・キートン。2人ともかなりいける人柄だ。
Photo/F.Simon
西麻布のワインバー「レ・ビノム 」のそばにある「Oden and Vinum」での夕食は最高だった。
鴨からとっただしと大根で仕上げられた料理がメイン。カウンターのそばに置かれた、銅の大鍋でそれらはコトコトと煮込まれている。
いいワインやシャンパーニュがたくさんあって、今回はサプライズまで用意されていた。
パリのフォションでその名をあげたフミコ。ニューヨークから戻ってきたところで、元気そうだった。近いうちにパリへ来ると言っていた。彼女らしい、いつものやさしさとグルメな食欲。
地面が揺れた。
生きていることを存分に楽しもう。
Oden and Vinum
T. 03 5980 8252
Photo / F.Simon
銀座のレストラン「ロオジエ」。
ミシュラン東京版で3つ星を獲得して以来、シェフ、ブルーノ・メナールの人生はずいぶんと変わったことだろう。
特に、何か確信に似た自信的なものを勝ち取ったようだ。
甲州ワインで仕上げた豚肉料理なんかがその一例。
59度で24時間、真空パックで加熱をしてから、ココット鍋でロティーにした後、パンジャブ産の胡椒を加えたシロップを加えて、デグラセして仕上げた一皿。
この逸品は、澄んでいて口の中でとろけたが、値段も相応。この最高に贅沢なレストランに、3人もソムリエが付いて、一皿7500円。
Photo/F.Simon
またまた東京にやってきた。
湿度は高いが、天気はよかった。おぞましいくらいの時差ぼけが、僕に襲いかかる。
目の前には、究極に気の狂った反面をもちながら、礼儀上透明で、ほっとできてやっぱり優しい街が広がっていた。
来日初日は、茶道の講習を受けにいった。
仕草や姿勢やお礼に始めは戸惑い、かなりみっともなかったに違いないが、それでも少し慣れてくると、抹茶をたてれるようになった。僕の脳みそは、器用に動く指先たちに満足していたことだろう。
初級コース5000円。忘れらない体験だ。
Photo/F.Simon
東三季
107-0062 東京都港区南青山 4-28-25
TEL 03-3498-5600 / FAX 03-3498-5625
その刃物はごく近くを遮った。
日曜の正午、僕は東京の秋葉原でミーと会う約束をしていた。
ミーは電気製品に目がなく、その深い知識である電気屋のコーナーを案内してくれる予定だった。しかもこの界隈は、漫画やオタクやビデオゲームや、召使いに変身したウェイトレスがいるカフェなんかがあふれる場所だ。
11時。僕はミーに電話をかけた。
ミーが何を演技しているのかわかりかねたが、ぐずぐずとした声で、彼は電話にでた。単に病気だったらしい。
だから僕らの待ち合わせはキャンセルされた。
「しまったなぁ」
にもかかわらず、僕は秋葉原へと足を運んだ。
ビッグカメラという、信じられないくらいファンタジックで、でも正面玄関でおおよそのことは想像できる電気屋で我慢する方が、ホテルでじっとしているよりましだった。
そして店から出た僕は、街がショックのどん底に沈んでいるのを目の当たりにした。
刃物をもったある男が、人を次々に殺していったという。事件があった場所は、まさに僕がミーと待ち合わせの約束をしていた、その場所だった。
静岡県出身、25歳の殺人犯は、「人生に疲れた」と話していたらしい。2トントラックで人ごみの中に突っ込んだ後、運転席から飛び降りて、刃物を振りかざしたという。7人が命を失い、15人が重軽傷をおった。
人生とは奇妙なものだ。
壊れやすくて、不安定にふわふわしていて、終わったかと思うとまた始まる。死は目の前あって、またまた遠くにも存在する。
僕は、猛烈な口狭炎に体が固まり、しばらくは何も口に出来なかった。
PHoto/ILOVETOKYO.COM
191もの「マカロン」を日本のキャピタルに振りまきながら、ミシュランは、ガストロノミー界に大きなパンチを食らわせた。
数ヶ月前から、すでに飲食業界人は、ミシュランの東京版発表を、固唾をのんで待っていた。星がつくだろうレストランは、あちらこちらで噂されていたが、月曜日の結果発表が、この業界に大爆発を起こすことなど、誰も想像していなかった。
本日水曜、英語版と日本語版で発売されたこのミシュランガイドブック。
108年の著名フランスガイドブックの歴史上初めて、150件ものレストラン(日本料理店が60%、フランス料理店は44件がノミネート)が少なくとも1つの星を獲得した。
パリが97個、ニューヨークが54個のところを、東京は191個ものを輝くガラクタを集めたというわけだ。
ミシュランの代表、ジャン=リュック・ナレはこう語る。
「 星がついたレストランは、使用している食材の質がずば抜けてよかった。火の入れ加減、ノウハウの伝達、シェフの偉力等、すべてにおいて優れており、伝統を尊重しながらもどんどん開発されている料理が、素晴らしいレストランだった。」
ここで早くも、アングロサクソン系のメディアは、辛口批評。
イギリスのガーディアン紙は、「フランスに与えた平手打ちではないか」と冷笑した。
今回注目すべきことは、このミシュラン東京版の発売が、ガストロノミー界に緩やかな変化をもたらしたことだ。
パリが、世界一うまいものが食える街でなくなったことは、十年も前から承知だ。世界中の旅行客が、フランスの伝統料理をパリで食したがるからである。求められているこてこてのフランス料理、子牛のブランケットやポトフやステーキ・フリットをメニューから取り除く必要がどうしてあろうか。
しかし改革はほんの少しずつ、セーヌ川沿いで前進している。フランス人はコースメニューを絶賛し、観光客はフランス伝統料理に歓声をあげる。
その間、伝統料理の鎖にしばられていない国や街は、いっそう輝きを増すというわけだ。
名高いレストランが多くなったロンドンでは、エンターテイメントっぽい快楽を混ぜてサービスしてくれるし、ニューヨークをはじめ、ソウル、イスタンブール、シドニー、大阪も同じような光線が通っていて、ガストロノミーは思い切って一足先を走りたい願望で溢れかえっている。
そして今、どうして東京のこの街と、それに伴う3300万人もの住民が表舞台に?
ことはいたってシンプルだ。
食の話題になると、この街の感心は宗教的に急上昇する。
この国の人間は、食世界に感激し、ジャン=ポール・エヴァンのショコラショーを口にしたり、アトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブションで食事するために、平気で3時間の順番待ちができる。
世界一大きな、築地の魚市場へ行ってみたら手っ取り早い。この街が普通の街でないことがわかるだろう。
ゾラとジョージ・オーウェルの間を彷徨う雰囲気のなか、6万人もの人間がぐるぐると行き交い、1日250万キロもの魚が、アドレナリン溢れる中、売り買いされる。(ちなみにランジス市場は255トン)
パリのサン・ラザール駅は一日20万人もの人間が撹拌するが、ここ伊勢丹では、一日326万人もの人間が、店の売り上げに火花を散らしあっている。
レストランにしても,狂気は同じだ。
その数、東京だけでも13万8千件存在する。(パリは1万2千5百件)
世界で一番うまいクロワッサン、この世で一番うまいピザ等々、ここでは何でも手に入る。
また東京では、イタリア料理店は存在しない。
サルディーニャ、ナポリタン、トスカーナ、シシリア等々、イタリア料理は各地方専門店に分別されるからだ。
欧米ではその料理によって、ピラミッド状のヒエラルキーができるが、ここでは会席料亭、寿司屋、ラーメン屋、そば屋、うどん屋、焼き鳥屋等々、店によってそのスタイルが、完全に異なる。それぞれの分野が区分されているから、料理間での上下関係は存在せず、それそれの分野のレベルは一段と高くなる。
それに加え、東京人は無限の好奇心をもっている。
新しいものや輸入品に目がなく、東京が、商品や食のシーンで最もわくわくしてしまう街である訳がわかる。
この目のくらむようなメガロポリスの中で、他国の大都市なんて、比較の対象にならない。最新のエキゾチィズムがここにあるといえるだろう。
言語の壁、不安の衝撃、完璧さへの驚異、快感な陶酔。
イミテーションの中にはまった日本のステレオタイプからは程遠い。
ミシュランはたった5人の審査員で、不可能にみえた難事をやり遂げた。
多くの人間が、一筋縄では行かない評価結果に、不信感をもち、シェフや評論家やブロガーの間では火花が散った。
また、ミシュランはそれほど気にしていないようだったが、この評価結果に対する批評を真正面から浴びたのは、今回3つ星に輝いた「すきやばし次郎」だった。
ジョエル・ロブションのレストラン(これで彼は17個もの星を世界で獲得)、ブルノ・メナールの「ロオジエ」、パリのアストランスを思わせるフランスからインスピレーションをたっぷり受けた「カンテサンス」に、「すきやきばし次郎」は少し距離をおきながらも、並ぶことになるというわけだ。
世界は変わった。
東京の街が発するメッセージは明瞭だ。
料理は異文化に触れることでよりその脅威を増す。
この点、パリはかなり遅れをとっているといえるだろう。
強い文化とは、侵略されて、より豊かになっていくことを恐れない文化だ。
さて、2つ星を獲得したレストランは:
エメ・ヴィベール、トロワグロ、醍醐、えさき、福田家、菱沼、一文字、石かわ、菊の井、湖月、アトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション、ル・マンジュ・トゥー、
ピエール・ガニェール、れい家菜、ASO、龍吟、サンパウ、さわ田、鮨 かねさか、拓、つきじ 植むら、つきじ やまもと、トゥエンティ・ワン、臼杵ふぐ山田屋、和幸、
Photo / F.Simon 一番上の料理はロオジエのシェフ、ブルノー・メナールのもの。