その金曜の夜は、あまりにも熱気がすごかったから、エッフェル塔の下にエンジン装置が隠されているんじゃないかとさえ思った。
木曜の12時43分。安全管理委員のゴーサインを後に、金曜の17時15分には、すでに来客へのサービスが開始されていた。
厨房では、無我夢中の若い料理人17人が、大試合に挑むサッカー選手のごとく動き回っていた。
ロケットはもう発射されていい頃だった。
その夜は、近親30人ほどが集められて「テースティング」食がサービスされた。翌日の6時半からは、一般客に初料理が振り舞わられる。それからは、365日休みなくレストランは作動し続け、料理人にとっては今までに見たことがない日程での仕事が始まる。(3日勤務2日休暇、2日勤務3日休暇のサイクル)
アラン・デュカスは、これが自分の手がける最後のレストランだと、15年以来の決まり文句を放ちながら、その夜も僕らの前に現れた。そんなうわごとをさらっと聞き逃しながら、僕は日暮れの素晴らしいパリの街に酔いしれた。
屋根が光沢を発し、方々に反射していた。
一皿目が運ばれてきた。
オシェートルのキャビアがのった鯛の白身、ミモザの添え物にレモンと一緒に。
これこそがフランス料理ということらしい。
悪くない。
確かに、胃も僕の意見に同意してくれたみたいで、ここ数ヶ月食してきた高級レストランの精神異常的狂気からは程遠いものを感じた。
次に運ばれてきたのは、甲殻類のヴルーテ。
はっきりしていて、抜け目がない。
サービスはどんどん加速していき、次はオマールとセロリとトリュフの一皿、そしてシャンパーニュでブリゼした小舟形の舌平目の一皿が運ばれてきた。
これこそ、概念論をもった落ち着いた料理といえるかもしれない。料理の輪郭もくずしていなかった。よく泡立ってはいるが、幸いにもしっかり味付けがなされている。
その場しのぎの1000本足なんかではなく、2足でしっかり大地をふみしめている料理だった。
外を見下ろすと、パリの街が、まるで家路につくみたいに、夜の中へ消えつつあった。
確かに、天井にはめこまれた照明の効果もあるのかもしれない。まるでモダンな街にタイムスリップした気分だ。
インテリアはマロングラッセ色でこっそりと包まれ、絨毯と同様、綺麗でそのものがスペクタクルなこの街にを前に、尻込みしているようだった。
くりかえすようだが、地球上で最も美しい街のひとつを目の前に、夕食を頂くというのは想像以上に興奮してしまうことだ。
デザートは、アルマニャックのサバランやライムのスフレ等、アインシュタインほど頭を使ったものではない。
サービスは素早く、初日の緊張感がいい感じのものだった。
パリにまたひとつ、新しくてうまいレストランが誕生した。
初めての食事なら、150ユーロくらいの予算で。
Le Jules Verne
Tour Eiffel - 75007 Paris
T. 01 45 55 61 44
お昼のコース 75ユーロ
夜のコース 150ユーロと190ユーロ(18時30分スタート)