先日発表されたミシュランを結果を解析すべきだろうか。
20年前、高級レストランや中級レストラン、またそれ以下のレストランをクラス分けすることは、ずいぶん容易だった。しかし今日、その状況は過激に変化してしまった。
その一例が、ウィリアム・ルドュイユ。
この才能のあるシェフは、数年にも渡って、ミシュランから丁寧に無視され続けてきた。そして今回、ミシュランが大急ぎで一つ星を運んできたという有様。
ガストロノミー界は成長しているが、客の方も同様だ。
華やかで現代的な内装をはじめ、アジアのインスピレーションを受けたり、キラキラしてモダニズムの匂いが溢れる料理の秘法を、ある種のミシュラン読者は理解しきれないのかもしれない。
しかし、現代のガストロノミー愛好者は違う。
マルセイユのレストラン「ル・プティ・ニース」のシェフ、ジェラルド・パサダが昇格した。この一件で、ゲラールのいるユジェニー・レ・バンと、デュカス+セルルッチのモンテカルロの間にあった、地理的空白を埋めることになる。このレベルのレストランが登場するのは、モンペリエのプーセル兄弟が昇格して以来だ。
また、新しく星を獲得したレストランに、「アトリエ・ド・ジョエル・ロブション」があるが、今回の昇格で、ロブションは星を18個獲得したことになり、15個のデュカスを追い抜いてしまった。
個人的に、パリの「デュック Duc 」とサン・ジョシムの「ラ・マール・オー・ウワゾー La Mare aux Oiseaux 」の降格には、首を傾げてしまう。
ガストロノミーはまず第一に、ガイドブックや専門家が陰に潜み、星の数を基準にしたアカデミックな体制の世界を生きている。それは、どこか政治世界に似たところがある。次に、もっと騒々しく、パラドックスに溢れ、しつけがまるでなっておらず、本物の生活を求める食いしん坊な連中が投票して「こと」が決まる世界が存在する。
そんなわけで、高級ガストロノミーの世界は、経費がかかって貴族的な屈曲の中に閉じこもってしまう傾向を示すのだ。
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