今日、レストランには強迫観念のようなものがとりついている。それは、一人きり、という観念。
猫一匹いないレストランを経験されたことがあるだろうか。個人的には、最高のシチュエーションだと思う。店を貸し切りにしたような気分になれるからだ。高級レストランのサービスを受けながら、10人もの料理人が僕らのためだけに料理を作るなんて、最高ではないか。しかし実際には、誰もいないレストランを想像する時、悲哀の念をイメージしてまうのが常だろう。それも、恐ろしいくらいに悲哀の念。そんな場合、経営がうまくいかずに、店が壁へと、徐々に頭をうずめ始めていることが多い。そしてそこには、お金を用意した金融関係者が手押し車をもって並んでいるのだが、実は店ごと収集してしまいたいがために、待機しているわけだ。
だから今日、レストランは、何十倍も仕事をこなし、多数の腕を持つヴィシュヌ神をまねて、予約を取りまくる。パニーニや寿司やクレープを積み上げた、筋力の強い安食堂はいうまでもなく、真剣な連中までが無我夢中になるわけだ。ティエリー・コストとジャン=フランソワ・ピエージュが、いい例である。
ブラッスリー「トゥミュー」とその膨張部分の上階に、20席だけのガストロノミーレストランがオープンした。彼ら曰く、客は誰かのアパートに招かれたようなサービスを受けるらしい。まるで、誰かの家にきているような。だから僕らは、靴下をぐっと引き上げて、テレビのリモコンを途方なく探しにかかった。
おもてなし
プライベートクラブ的なそれは、完璧だった。入り口付近では、サービスの女の子が僕らを迎えてくれる。小さくて細い階段は、僕らをバーの付近へといざない、その後にある大きな客間では、引け目のない笑顔のサービスチームが、その場の雰囲気にとけ込んでいた。高級レストランというより、プライベートホテルと言ったほうが近いだろう。
客層
食のVIP、今人気のブロガー、真剣な雰囲気をもつ人たちが、ヴィンテージのベロア生地の上に腰を下ろし、静寂で綺麗なナプキンに手を伸ばす。
料理
ジャン=フランソワ・ピエージュは、どうやったらうまくいくのかを、大体心得ている。彼は、そのオルガンの前に座って、バッハのカンタータでも、「月の光」のR&Bバージョンでも、演奏できてしまう男だ。もぐり採集の帆立貝、青いオマールエビ、ブルターニュ産のターボット、クール・ダルモワーズのホロホロ鳥等、シンプルな素材を使って、調理を楽しんでいる様子。腕まくりをして、深呼吸し、お皿すれすれにまで投げ込む料理は、明確で厳密だ。外科医的とも言えるだろう。クラシックな誇張(ソース)、食材の優しさ(激昂さや押し倒すような影がない)、口の中に残る余韻の長さ。つまり、素晴らしい仕事ぶり。
高い?
居心地がよく、文明化したプライベートクラブ的雰囲気の中で、アミューズ・ブッシュ、メイン料理、チーズ、デザートで70ユーロは、文句のつけようがない。思い切ってクラッチをきったら、3皿で115ユーロも選択できるが、1皿だけでも、十分に満足できるだろう。
行くべき?
ウィ!
Jean François Piège
79, rue Saint Dominique - 75007 Paris
Tel : 01 47 05 79 79
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Photos/F.Simon