そういえば、前回ジョエル・ロブションと食事をしたときになんの話で盛り上がったかを、ここでお話ししただろうか。
話題は日本。
僕らは2人揃って、金づちくらいハードに、日本に目がない。レストランはもちろん、街だとか食材だとか、あらゆるものに。
そうこう話しているうちに、僕らの東京滞在期間が重なることがわかった。だから、かの有名な3つ星のすし屋「次郎」で待ち合わせをすることにした。
そのすし屋は思いがけないところにある。
待ち合わせ当日の朝、僕はスーツケースを2つ抱えて店へ立ち寄った。
メトロの入り口はたいていショッピングセンターと合体していて、階段を下りた途端、商店のギャラリーが始まる。
その一角に「次郎」がある。セピア色の通りは陽気だとはいえない。
次郎氏は、おかみさんと2人で札束を数えている最中だった。
僕が2つのスーツケースを預かってもらえないかと頼んだものだから、不機嫌そうに対応されたが、たしかにカウンター席が10席しかないこのすし屋は広いとは言えない。
それでも、しぶしぶながら、僕の荷物を食料品庫の中に片付けてくれた。
そして正午。
ジョエル・ロブションが彼のマネージャー、安田氏を連れてやってきた。この日本人は、幼少時代をボルドーで過ごしたかのようなアクセントでフランス語をしゃべる。
次郎で頂いた料理の正確さは絶妙だった。すしは透き通っていて、口の中でゆっくりと溶けていくシンプルな料理。
その日は次郎氏の83歳の誕生日だった。温和なキリストともいえる存在感。
アラン・シャペルが好んで通った店だと聞いた時、僕の目には涙があふれかけた。
僕は麻痺した状態で、店を後にした。
今でもその感動が残っている。
すきや橋 次郎
東京都中央区銀座4-2-15 塚本素山ビル B1F
Photo/F.Simon