ミシュランの情報がメディアに流れてから、未知の小宇宙が、エスカルゴの小さな殻の中に入っていった。(余談だが、エスカルゴは、胃を使って移動する数少ない動物だ。)そのおかげで、いきなり勢いを増してくるやつもいるが、それはなんだかインチキっぽい。そうかと思うと、脇にそれたまま、浮かび上がってこないやつもいる。涙やメランコリーを乞うまでの話ではないが、ある種のシェフにとっては、きまりの悪い話だ。星を返さなければならなかったシェフは、なおさら苦い思いをしているだろう。でも、ここで、もっと過酷な状況を想像してみよう。
完全に忘れられたレストラン・・・。
彼らは、一年中、その光輝く星を得るためだけに、汗水たらして働いてきた。もちろん、完璧なレストランなんて存在しない。メートル・ドテルは、よくノイローゼがちだし、装飾にはほこりが積もっていることが多いし、饒舌でないシェフはメディアに対応しきれていないし、客がそれぞれ仏頂面がちだったりするし・・・。
パリのサンルイ島にレストランを構えたばかりの、ミッシェル・デル・ブルゴ Michel del Burgo を例に挙げてみよう。内装は、たいして華やかではなく、特に強調して語るべきものではないが、つま先立ちで音を立てずに入っていって、食事中はひそひそ声でしかしゃべれない、つまり、よくあるタイプの高級レストラン。料理は、たしかにしっかりしていて、90年代のヴィンテージシェフがつくった、何か違った要素を感じる。いつもぴりぴりして、頑固で、人生に苦しみ、いつでも窓から身投げするような覚悟の人物、ミッシェル・デル・ブルゴ。彼の料理も、彼によく似ている。
その料理は、彼の全盛期時代のものそのままで、南仏カルカッソンヌにある、シテホテル、ラ・バルバキャンを思い出させる。南仏の香りがする料理で、R を発音するとき、巻き舌になるような料理。(フランス語の正確な発音は、舌を使わずに、のどをうならせてRを発音する)
マトウ鯛のウイキョウ添え、バニラとレモン風味
コルシカ産のセップ茸の入った、アルボリオ米のクリームリゾット
グリルしたヴァントレッシュ、フォンドヴォーのソース添え
これらの料理は、かなり個性があって、色合いもいい。
岩にすむほうぼうのニース風ピザ
小鳩の胸肉のロティー、ドライフルーツと小カブのガレット添え
一本釣りタラの鉄板焼き、ピュレのタラ風味とタイム風味のズッキーニ添え
半生チョコレート、ピスタチオのクリーム添え
品書きは、かなりうまそうで、でてくる料理も、その期待にしっかり応えている。
昼は40ユーロで、夜は75ユーロ。
ネグレスコ、ゴルデ、ブリストル、タイユバン等、3つ星も含め、数々のレストランを経験をしてきたシェフ、ミッシェル・デル・ブルゴにとって、ミシュランの星をもらえないどころか、それにかすりもしないのは、かなり苦痛なことだろう。他の数あるレストラン同様、100万ユーロもかけてオープンしたのに、ミシュランに裏切られた思いをしているに違いない。徒刑囚の気分で銀行に返金して、その怒りをおさめ、失望の思いを慎ましく訴えていくのを、見届けるばかり・・・。
そんな被害を被ったシェフたちに、再びやる気を呼び起こさせ、次回の星獲得へ向けての勇気を取り戻させるため、僕らの「美」食欲でそれを応援しようじゃないか。
ここでもうひとつ、忘れられたレストランを紹介。
その豊富な経験から、出版社側とは友好関係を貫きながらも、その悲劇に悲鳴をあげているのが、シトリュス・エトワル Citrus Étoile のシェフ、ジル・デュプレ Gilles Duprés。数年前に、アメリカで 、「今年の最高シェフ」に選ばれたこともある、元2つ星シェフ。
ここも、うまいのに何もなし。
絶句。
要するに、いいレストランは、自分の舌で決めるべきだ、ということだ。
Michel del Burgo
28, rue Saint-Louis-en-l’Ile - 75004 Paris
Tel 01 46 33 93 98
Citrus Étoile
6, rue Arsène-Houssaye - 75008 Paris
Tel 01 42 89 15 51