パリのピエール・ガニエールには、かれこれ3年も足を運んでいなかった。その理由は、恐怖心からだった。
フィルヴィオ・ピエランジェリーニとオリヴィエ・ロランジェを始め、彼は世界でも屈指の料理人である。一品一品に、永久的な危険香を漂わせ、全体の構造が、パイ生地みたいに崩れてしまいそうな印象を受けさせる。もし、料理がはかないアートだとしたら、それに対する尊敬の念は、なんと表現したらいいのだろうか。それは砂ではなく、空気である。また、感情であるともいえるだろう。
実は、ガニエールの料理を、分子銀河の一部だと思い込んでいた。決別のなかで血迷い、星のクズを積み上げて、独り言をつぶやきながら、僕らを置いてけぼりにする。
僕は手探りでここへやって来た。
震えていたのは、彼に対してだけじゃなく、僕自身に対するものもある。ビスコットみたいな小さな食欲で来たから、リスクは最大限に達していた。
ピエール・ガニエールの気前の良さは周知である。英雄的な雑踏が、食事をはちゃめちゃし、そしてもう、歩道でもがくアシカのような姿にはさせないから、と誓うのだが。
そんな場合には、すでに燃え上がっている僕らを、30分もじらすようなアミューズ・ブッシュは断って、 前菜に直接アタックしよう。深く考えないで、単にこうするべきである。その結果、「大地の香り」という名の料理は、バージンな大地と驚異的な食欲の中へ、流れ込みはじめる。
この料理のコンポジションは多様で、ジロル茸とセップ茸の煮込みの中に、豚のプルマを一切れ飾り上げた、大きなココット鍋から始まった。バーベリー風味の黄金パンドミとアンモティリヤードで乳化させた肉汁も中に入っている。
その横には、小さな容器に入った料理が、反響をまどろませていた。それらは、胡椒の効いたフォアグラのスープのマラバー風味、ピュイ産レンズ豆のニョッキ、ロスコフ産の玉ねぎ、50年もののバルサミコ酢を少しだけ、野生のスベリヒユ、花のベール、野牛の角というピーマンといった顔ぶれで、全品それ相応のものだった。森林の妄想のような、現実味のないものが僕の喉をしめつけ、感情までも縛り上げられる。感無量。
これら全部が前菜の品々である。しかも過激に繊細な食材を、2つ3つ引用するのを忘れてしまっているはずだ。例えば、宇宙船みたいに置かれた聖体は、アマンディンのタルトと白ベットラブのワサビ風味だった。
これらの品々を記したメモ書きが、エレガントにも小さな封筒の中に収まっていた。まるで車のGPSを思わせたが、「即時Uターンしてください」という指示はない。そんな出来事が、高速道路沿いのレストランで少し前にあり、その時は運転席に歓喜をもらたしたものだが。
結局のところ、今回のディナーで僕を完全に当惑させたのは、ピエール・ガニエールの料理に見られる円滑さだった。ファンファーレ的な料理からは程遠く、作者の閃光がこちらの胃袋にパンチを入れる。いや、ここでは寛大さや親切さといったものだろう。
こんな稀な時間でのガストロノミーが、良好で美味であることは明らかだ。
今年度最高の食事。
Pierre Gagnaire
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Tel : 01 58 36 12 50
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